阿公(劉瑞山公)の思い出

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劉瑞山寢瑩

 

劉貞

岳母劉貞(1898-1995) が書いた夫劉青雲父劉瑞山(1867-1947)の思い出です。

《壹葉通訊》39 19853月刊では全文劉貞の原稿をそのままCopyして出しました。賴永祥記


 

 

阿公について思い出るままに記します。

 一、勤勉な人  劉家一代で成した財産を見てもうなずけませう。朝も早くおき、大包叔と共に和源の店頭で何やかと整理したり掃除をしたり, すむと一時椅子に腰をかけて水煙をブクブクとふかしたり、その間に気持ち好さそうに二三発大砲を打ち鳴したり、もっとも私共の二階の窓ぎわにいれば、香りは達しなかったが、音はかすかながら聞こえました。改造長男たち当時の子供たちにきいたらわかります。関廟の和源の山を見廻りに行く朝は暗い中に離床、昼食べんとうはチマキ或はいもをさげ、番頭や小僧さんを引きつれ、或は高雄屏東方面の畑を見まわる時は、地下足袋をはいた軽装で真にその姿は今でも私の眼に残っております。

 二、宗教方面  自ら信じる基督教に対しては熱心そのもの、よく夕方など店の前にあった蓮霧の大木の下で聖書を読み、しわぐれた声を張り上げて賛美歌をうたっているのを始終私は耳にいたしました。聖日礼拝は病でない限りいつも出席。半世紀前東京青山学院院長阿部義宗先生来南の折、先生はまつさきに阿公と握手されました。その直後先生曰く「台南の父上はまるで聖教徒を思はせるやうな方ね」。これを見ても阿公の基督教信徒としての態度、風格を想像する事が出来ませう。

 三、教育方面  教育には非常に心を用いておられた。自分の子供十二人には男女を問はず一様に大学教育を受けさせた。殊に長男青雲には大正の初期、約七十年前、自らの最も信頼していた日本人秋山善一に頼み、京都市の同志社に連れて行てもらい、台湾人でも最初の部に属する日本留学生となった。当時の台湾に於ける日本人は台湾人の眼からは鬼のやうに恐れられ敬遠されていた時代に、その日本人に自分の長男を託すとは、何か秋山氏の中におかしがたい信頼性があったのか、そして更に秋山氏の中に基督より戴いた篤い信仰と人を愛する真心のある事を認めた事によるのかと思われます。阿公は唯に自分の子供にのみ教育を受けさせたのでなく、阿伯の長男子龍子能兄をも東京経理学校で学ばせた後、アメリカコロンビア大学に進ませ、次男主恩は東京農業大学に学び、三男主厚四男主足子爵共に台南商業学校を終え、各々独立するまでよく面倒を見ました。単に劉家の者にのみ援助したのでなく、向学心にもえている女学生を見ては、当時の台南二高女の在学中の学費を与えるとか、伝道師の息子の進学勉強の希望を聞いて外国留学中の費用を喜んで支えたとか、その他まだあるのかも知れませんが、半世紀以上も前の事とて私の脳裡からだんだんとうすれてまいります。

 四、劉家は光求祖公から現在は五代及びその幼児の時代に到っております。劉家の者たちの脳裡には光求大公には残念ながら親しく会った者はありませんので、私共の眼は常に阿公(瑞山公)に集中。永い間に一所に生活している中に見たり聞いたりした事が沢山あるのは誰も同じです。その中で阿公が毎日夕方になると大勢の孫たちを呼び集め、順々にならばせて、自らは金だらいに薬を入れた湯を用意して、蚊にさされて腫物になっている孫たちの足を祈り以って洗ってやっている姿は何とエス様が弟子の足を洗っておられるのに似てはいないでせうか。ほほ笑ましく忘れがたい光景でした。

 


阿公劉瑞山的回憶

劉貞原著日文劉改造譯

載於劉克全編《永遠的劉瑞山》2004年刊 p.236