渡辺信夫牧師のプロフィール

 

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在台宣教第25年了

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堀田久子台湾にて

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楽山園の思い出 (漢譯)

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犀川一夫死去

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犀川珠子;道遥か

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高井由紀:南神的印象

Tsuji,N  

辻信道の台湾訪問

Uchimura, K

來讀內村鑑三的著作

Watanabe,N

 霧社へ―台湾の旅

説教者として生きて

渡辺信夫牧師の著作

渡辺信夫牧師に聞く

漢譯出版の感謝 

渡邊信夫的為人

陳博誠談起渡邊信夫

鄭定國談起渡邊信夫

Yanaihara

日本的良心 - 矢內原

真理の言葉


 

 

東京告白教会のホームページに、読者を代表して渡辺信夫牧師を訪問して聞いたお話がのっています。

 LES 08/01/26

 


お年を召していらっしゃるようですが?
1923
年生まれです。現役の牧師の中では一番古い人間になってしまいました。もう半世紀牧師として働いて来ました。


使命を感じて働いて来られたということでしょうか?

神によってこの使命に立たせられていることはハッキリ自覚していますが、使命感というようなものとは違うのではないかと思います。自分がしなければならない。自分でなければならない、という気負いはないのです。強いて言えば、せざるを得ない、なぜなら、これまで余りにもすべきことを果たさなかったから、と いう感じに追い立てられて走って来ました。牧師になった時にもこの感じがありましたが、今でもズーッと続いているのです。


初めの時のことを話して下さいますか?

私は戦争に行きました。1943年の12月から敗戦まで海軍にいたのです。その前からクリスチャンでした。だから、クリスチャンとして軍隊に入り、戦場に出ることについてはそれなりの理由付けがあったわけです。ところが、自分で納得していたことが間違っていたと戦争の中で気付きました。どういうふうに間 違っていたかも分かりませんでした。

そして敗戦。自分自身のどこが間違いであったかを突き詰めることを始めなければなりませんでした。それから、長い間、考え考えして歩んで来ました。


それで伝道者の道を選んだのですか?

そうではないのです。自分で選んだのではありません。自分の意志なしで牧師になったと言うとヘンに思われるでしょうが、当時、私が属していた教会の牧師が転出し、後任者がなかなか得られず、強い勧めがあって、私が試験を受けて牧師になったのです。その頃、私はある大学に勤めていました。学問が自分の使命だ と考えていたのです。自分で選んだ道はそれでしたが、その道を捨てたわけです。十分な理由付けは出来ませんでしたが、私の意志を超えたもの、神の意志をそこに感じないではおられませんでした。

その感じは間違っていなかったと思います。


戦争罪責ということを論じておられますが、牧師になったことと罪責意識は結びついているのでしょうか?

確かに無関係ではありません。しかし、初めのうちは、そのような意識もありませんでした。私が戦争罪責を言い出すのは25年ほどしてからです。私が戦争に 関わったのはどういうことなのかが分かりませんでした。ズッと考え続けていたのです。私は何回か死にかけています。海防艦勤務で沖縄方面の輸送作戦に従事していましたから、沈まなかったのが不思議です。だから、自分が生き残らせられた意味は何なのか? 同じ状況に置かれて死んで行った人たちに対する生き 残った者の責任があるではないか? そういうことは考えていました。ですから、平和を守ることについては、考えもし、行動もして来ました。しかし、平和運動家になってしまうのでなく、自分の存在の中心を置くのは牧師として召されたこの務めである、ということは終始考えています。


どういうふうに牧師の仕事をして来られましたか?

私は神学校を経ないで、検定試験を受けてこの務めに就いたでしょう。だから、学びながら走り出しました。今も学びつつ走っているのです。素人なのですね。未完成というよりは欠陥製品にたとえた方がピッタリではないでしょうか。ですから、私の説教を聞いている方々には相済まないという感じがありますよ。


しかし、欠陥を自覚しない牧師よりは、自分の欠陥を意識するほうが正しいのだという自負を持っておられるのではないですか?

仰っしゃる通りです。人から見て、この自負に嫌らしさを感じることがあるのではないでしょうか? ソクラテスが教えてくれるように、「知らない」と自覚することが「知っている」と慢心するよりも真実なのですから、欠陥があると自覚する方が優位になりますね。しかし、欠陥があるとは、そこに居直ることではな く、欠陥克服のための学びの継続になるわけで、学び続けることをしないなら、その人は自分の欠陥を本当は知っていないことになるのです。


牧師になってから一貫して追求して来られたことは何でしょうか?

「教会とは何か?」ということです。これは戦争中から引きずっている問題です。今、詳しい話しは省略しますが、戦争中、私は教会が崩壊して行くという感じを持ちました。実は、自分自身も崩壊して行くのに、自分のことを取り上げないで、教会のことを論じる資格はないではないかと言われると思うのですが、それ はそうとして、教会の問題を論じることが出来ないと言ってはならないでしょう。恨みがましく言うのではありませんが、戦争中、教会は軍隊に取られて行く若者たちを見殺しにしましたね。韓国の教会が神社参拝を押し付けられて苦悩していた時、日本の教会はこの苦悩を理解しないどころか、苦しみを増し加えるようなことしかしませんでした。教会が教会であるとはどういうことなのか、本当に教会であるのか、というような問題を考える人は今日でも非常に少数です。


本をいろいろ書いておられますね? 翻訳もありますね?

牧師のお答えは渡辺信夫牧師の著作を見て下さい。

 

 

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